自分の弱さを痛感した

こんにちは。

 

今日は5月18日の土曜日です。

時間は午後2時40分。

今年一番の暑さとなりました。

現在の気温は26℃です。

昼時は28℃になったようですね。

7月の気温ですね。

暑いのですが、湿度が低いので不快感はありません。

嫁はエアコンを入れて和室で寛いでおります。

 

今日は、65年間の人生で一番大きな自分の弱さを痛感した時の心境を書きたいと思います。

 

「何を大袈裟に」と自分でも思っているのですが、そんな自分に気付いた時は衝撃でした。

 

実は、4月30日にある小学校から依頼を受けて、私が所属している劇団が出張公演に行ったのです。

小学校3年生に、私どもの芝居を観て頂くことになりまして、お邪魔をさせて頂いた次第でした。

公演自体は無事に終わり、子供達とも楽しい交流の時間を作って頂き、ハイタッチをしたり、個別にお話しをさせて頂いたりと、楽しい時間を過ごすことが出来ました。

その楽しさのあまり、私は小道具を小学校の体育館に忘れてしまったのです。

忘れた事は連休明けまで気付かず、先週の稽古で新しい台本を受け取り、自宅で読んでいた時に思い出したのです。

思い出しても、自分でどうすることも出来ないと思い、劇団のグループラインに「小道具を小学校に忘れてしまいました」と「トーク」を入れました。

その日は、誰からも返答が無かったので、「伝えたからいいかな」って思っていたら、翌日の早朝に代表から「小学校へ問い合わせてください」とメッセージが入っていました。

そのメッセージを見た私は、「ゲッ!マジか」と思ったのです。

そして、自分に言い訳を始めたのです。

「そんなこと言ったって、学校に電話したってある訳ないよ。確かに置いた場所も思い出したから、誰も触らなければあるとは思うけど」とか、「かれこれ2週間以上経つのだから、学校側で気付けばアテンドしてくれた方に連絡が行くはず。その連絡が無いのは、誰も気づいていないんだから、こっちから連絡して手間を掛けさせては申し訳ない」なんて、

出来ない事ばかりを考えてしまいました。

挙句の果てに「そんな頻繁に使う小道具じゃないんだから、そのままでもいいじゃん。なんで、わざわざ連絡しなければいけないんだよ。そんなら代表が連絡してくれよ」と、あろうことか、正論を言ってきた代表を詰る様な事を考えてしまったのです。

「誰が忘れたのか」。

この私です。私がきちんと確認をしなかったため、小道具を置き去りにしてしまったのです。

なので、自分から連絡を入れて、小道具があったなら引き取りに行って、お詫びをするのが筋なのです。

いい年をした初老の男であれば、当たり前にやるべきことです。

しかし、私は出来ない事が優先されていました。

しかし、そんな事を考えている自分に気付いたのです。

やりもしないうちから諦めてしまい、小学校に電話をすることから逃げようとしたのです。

私はこの時、私の考え方は「自分の嫌なことから逃げるための言い訳を考える人間」であることに気付きました。

他人のことなら正義をかざし、偉そうに行動を促すのに、いざ自分がその立場になった途端、やりたくないので出来ない理由ばっかり考えていたのです。

そんな自分の弱さが無償に腹立たしく思え、「電話だけでもしてみよう」と思う事にしたのです。

Webサイトで学校名を入力して、学校の情報を入手し、電話番号を調べました。

「昼間は仕事をしているのだから、電話を掛ける時間が取れない」という言い訳も頭の中で暴れましたが、そんな時間はいくらでも取れるのです。

だって、決められたことだけやればいい仕事なんですから。

仕事中の私用電話はいけないのですが、午前中に電話をして「小道具の忘れ物」件を伝えたところ、電話に出てくださった先生がしっかりと探してくださり、折り返しのご連絡迄頂きました。

幸い今週は、15日と16日に私用でお休みを頂いており、時間に余裕があったので、16日の午後3時に引き取りに行く旨を伝えました。

対応して頂いた先生は、とても丁寧に応対して頂き小道具を見つけて、ご連絡まで頂きました。

私は16日の午後3時にお伺いする旨を伝え、電話を切りました。

何のことはなく、最初にお電話をしてから5分後には、小道具があった連絡を頂きました。

そして、16日の午後3時に小学校へお邪魔をして、無事小道具が手元に戻ってきたのです。

 

私は、とても貴重な経験をしたのです。

まず、きちんと持ってきた道具や衣装の確認を怠り、小道具を忘れていた。

それなのに、2週間以上も気づく事は無かった。

さらに、小学校へ電話をすることが出来ない理由を考えてしまい、行動を躊躇した事は事実です。

しかし、そんな自分を認めることが出来ない、もう一人の自分がそんな弱い私を叱咤するように指導をし、私は小学校に電話をしたのです。

「出来ない事を前程にして、行動を起こさない事は、自分の弱さに負けてしまっているだけだ」と思いました。

その事を理解した時、私は「人間は自分に不利になる様な事は、全く選択せず行動も起こさない(少なくとも私は)」と実感したのです。

 

つまり、私は自分に不利になる事や、やりたくない事からは逃げていたのです。

それじゃ、成長できませんよね。

 

そこで私は、考え方を変えました。

もし、電話をして相手が対応してくれないのであれば、やむを得ないから諦めよう」と思ったのです。

やってみて、結果が得られないなら諦めも付きますし、劇団に詫びを入れることも出来ます。しかし、何もしないで諦めて、挙句の果てに「どうせ対応してくれるわけがない」と逃げていても、何も解決しないのだと。

 

そして、そんな風に行動を起こせない自分の弱さを痛感したのです。

私は、65年間の人生で肝心な選択をする際に「どうせ」とか「やったって」という言葉を使い、選択を誤っていたのです。

自分の人生の可能性を自分の弱さで失っていたのです。

とても残念に思いました。

 

しかし、65歳で気付けたのですから、これからの人生では、そんな愚かな選択はしないようにします。

言い訳をせず、弱腰にならないで的確な選択をして、自分の人生を有意義なものに変えていきます。

そして、「やってよかった」と思える選択をして行けるように、努力していきます。

 

常に強気でいるのではなく、しっかりと考えて、選択と行動をするようにしていきます。

 

なんか、気持ちが先行してしまい文章がうまくまとまりませんでした。

 

自分の気持ちを書くとはこんなもんかもしれない。

 

茜色に染まる空に富士が美しかったです。

 

朝の静けさの中、1隻の船が滑るように相模湾を移動してました。江ノ島を見ながら美しいと思った風景です。