ある方からの問いかけ

お早うございます。

 

今日は6月7日の土曜日。

時間は6時10分です。

快晴です。朝から青空に朝日が輝いています。

気温も上がるようですが、湿度が低いので気持ちのいい夏日になりそうです。

 

梅雨の季節が近づいていて、来週は青空が見えない日になりそうです。

 

さて、今日は私の知り合いから問いかけられたことを書きとめて置こうと思います。

その方は、軽い知的障害者でして、何かにつけて拘りを持ってしまい、何をやるにも時間が掛かってしまうという障害を持っています。

しかし、学習能力が劣っている訳ではなく、認知機能も全く問題がありません。

例えば、道を歩いていて道端に花が咲いていたとします。するとその花が気になってしまい、何時間も眺めてしまうとか、ゴミが落ちていると、そのゴミが気になって、ゴミを拾って、ゴミ箱を探し回ってしまうという行動をしてしまうのです。

ですので、他の人と同じ時間軸で行動をすることが出来ないのが障害なのです。

 

そんな彼は、自分の中でフラストレーションが溜まると、私の前に現れるのです。

自分の中で何かが沸騰して、自分が苦しくなると、ふらっと私の前にやってきます。

自分の中に、そのような感情が現れないと、顔を合わせても知らん顔をして、すれ違うだけで声も掛けてくれません。

顔見知りになった頃は、その行動が理解できなかったのですが、最近は声を掛けないですれ違う顔を観るだけで、「そろそろ声を掛けてくるな」と解るようになりました。

そんなに頻繁に会う訳ではないのですが、顔を合わせる機会が増えてくるようになると、何かを伝えたいという事を感じられるようになりました。

今週の月曜日に、道端ですれ違ったのですが、挨拶だけをして、通り過ぎて行ったのでそろそろ話しかけてくるかなと思っていました。

私は、彼から声を掛けてくるまで、こちらからは挨拶をするだけにしています。

その理由は、こちらから声を掛けてしまうと、彼から声を掛けるタイミングを奪う事になるのが解ったからです。

水曜日に同じようにすれ違った時、彼から声を掛けてきてくれました。

彼の声のかけ方は、私の顔を見て挨拶をして、「少し時間を頂けませんか」と話しかけてくるのです。

私も急いでない時には、その場で「大丈夫ですよ」と伝え、立ち話を始めるようにしています。

一度、座ってお話をしたほうがいいのかと思い、近所の公園のベンチへ誘ったのですが、周りが気になってしまうようで、話に集中できなくて、本人の中でフラストレーションが溜まってしまい、落ち込んでしまった事があり、立ち話が一番落ち着くのだと判断しました。

私からすれば、立ち話の方が人の往来があるので、落ち着かないと思うのですが彼の中では違うようです。

 

今回の彼からの問いかけは「人は善人ではない」と言う内容の問いかけでした。

どうも、誰かに思いがけない厳しい言葉を掛けられたらしく、そのことがずっと彼の中に「しこり」になって残っているようでした。

現在の彼は、働いてはいません。過去には障害者施設で軽作業をしていたことがあったようですが、作業スピードが極端に遅いため、一緒に働いている障害者だけでなく、施設職員からも叱られていたようです。

ですので、その言葉は直近に掛けられた言葉なのか、その当時に掛けられた言葉なのかは明確に解りません。

と言うのは、自分に掛けられた攻撃的な言葉は、時間を無視して記憶に蘇る事があり、彼のように仕事もせず、毎日自宅に籠っていると、何かがキッカケになって甦ってくるようです。

彼は「この世の中には善人なんていないですよね。人間は誰かを傷つけないと生きていけない生物なのだから」と言ってきました。

この考えは彼の根底に深く根づいている考え方のようです。

自分の周りにいる人間、いや人間だけでなく、動物も敵と思っているようです。

前に、ゴミをつつくカラスを見て「カラスは人間にとって害を与える動物だ。ゴミは散らかすし、糞でウィルスをまき散らしている。だから、毒団子をゴミの中に入れて、殺してしまえばいい」と言ったことがありました。

犬や猫も、ウィルスをまき散らす媒介動物だと言ったことがありました。

時間があるので、Webを閲覧しているようで、Webで得た知識を彼なりの解釈で話してくれることもありました。

全てがネガティブな発言になってしまうのです。

彼のようなタイプにありがちな思考です。

 

話を戻しますが、彼は私に対して「人間に善人はいない」と言ってきたのです。

私は「どうしてそんな風に思ったの」と問いかけたら、「だってみんな悪いと解っていても、人を騙したたり、他人の悪口を言って人を傷つけている」と返答されました。

また、彼は自分の価値を過小評価しており、自己肯定感が低いことも伝えてきたのです。

「自分は他の人と違うので、生きる価値がない。だから、いじめられる」

確かに、作業は遅いのでしょう。そして、その考え方からネガティブな言動が出ることがあるため、好まれるタイプではないかも知れません。

 

しかし、私は全てが彼の責任だとは思えないのです。

多分、彼の幼少期は今のような考えも持っていなかったと思うし、他の子より少し動作が遅く、拘りが強かっただけなのではないかと思う。

周りが少し我慢して、彼を見守ってあげれば彼は今のようなネガティブな考えに縛られなかったかもしれない。

場合によっては、仕事もしていただろうし、普通に社会生活が出来ていたかもしれない。

彼は、いつの間にか自分を「劣っている人間」と決めつけてしまったのかも知れません。

そして、その考えの殻の中に閉じこもる事で、自分を守っているのかもしれません。

何かを変えようと思う事は、とてもエネルギーのいることです。

本人にとっても、辛く苦しい事だったのでしょう。

それ以上に、彼を取り巻く環境が彼のそのような努力を認めなかったのかも知れません。

決して、故意に認めなかったのではなく、その時が許さない場合もあります。

世の中の考え方が、彼のような障害を受容できず、孤立させてしまったのかも知れません。

もう少し、彼の心理を組むことが出来れば、彼の個性を認めることが出来れば、状況は変わったかもしれません。

その気持ちは、医療に従事する方々だけではなく、彼のような人のそばで生活をしている、多くの人が持てれば、世の中が少しは変化したのかも知れません。

 

私もほんの少しの時間でしたが、彼らの近くで働いたことがありました。

その時の事を思うと、本当に彼らの気持ちを汲んであげていたのだろうかと、考える時があります。

 

彼が私に問いかけた「人間に善人がいない」という問いは私自身にも問いかけていたのだと思ってしまった。

 

著作権フリーの画像を参考に描いてみました。冬の海辺の建物の風景です。暑くなってきたこの時期ではミスマッチな風景画になってしまいました。

 

この絵も著作権フリーの画像を参考に描きました。やはり、季節がずれた絵になってしまいましたが、建物にぶつかる波を描いてみたかったのです。