生きる意味

お早うございます。

 


今日は824日の月曜日。

時間は午前545分。

蒸し暑い朝です。

気付けば8月も残り8日となりました。

速いですね。728日に緊急手術で入院し、87日に退院をしてから13日が経過しました。

傷の痛みはありませんが、傷周辺の違和感はまだ取れません。

まあ、そう簡単にはとれないでしょうね。

特に今日のように蒸し暑い日は、お腹の傷だけではなく、1月に行った頸椎の傷跡も疼きます。

 

さて、今日は「生きている意味」と大袈裟な題名で書いてみようと思います。

私は、生後間もなく生死を彷徨ったと母親から、何度も聞かされて育ってきました。

母はバセドー氏病だったそうで、私を産んだ時に薬を飲んでいたそうです。

その薬が原因かは解りませんが、私に母乳を含ませた後、私が全身痙攣を起こし呼吸困難となりこん睡状態になったそうです。

昭和33年の片田舎ですから、近所に大きな病院もなく、町医者に連絡をして往診に来てもらったそうで、その医師も何の手立てもなく、時の過ぎるのを待ったそうです。

母は医師から、私の命は諦めるようにと、また、万が一にも息を吹き返しても、正常に育たない可能性が高いと言われたと言っていました。

呼吸停止時間が長く、脳に損傷が出る可能性を考慮したのでしょう。

幸いにも、呼吸停止時間は10分程度だったらしく、心停止状態も短い時間であったと聞いています。

ですが、呼吸停止、心停止状態になったのは事実だったようです。

小学校に上がるまでは、自宅から出てもせいぜい庭位だったことを覚えています。

 

年月は流れ、中学生になり運動部に入部してからは身体も丈夫になり、あまり病気もしなくなりました。

それまでは、季節の変わり目になると風邪をひき下痢をしてしまい、学校を休むことが良くありました。

 

社会人になってからは、ストレスのせいだったのでしょうか、急に意識を無くし倒れることが何度かあり、大学病院で検査を受ける時期がありました。

しかし、身体的には異常はなく脳神経外科で脳表面の細胞が壊死している箇所があり、脳表面のシワが浅い場所があると診断されました。

小さい頃の呼吸停止、心停止時に脳に酸素が供給されなかったことが原因ではないかとの見解でした。

いまは、倒れる事は全くないので、多分心意的なストレスが原因だったのではと、素人診断をしています。

 

そんなふうに、自分は知らずとも仮死状態になったり、突然の意識欠損による転倒などを経験していますから、自分は何のために生まれてきたのかという事を、よく考えました。

何か使命があって生まれてきたのではないのか、もしそうなら、その使命とは一体なんなのだろうと、よく考えていました。

しかし、私の人生はごく一般的な人生でした。

2代前半で社会人デビューをし、そこからはひたすらサラリーマン人生を歩んできたのです。

その人生は恵まれていたと言っていいのかもしれません。

仕事では、自分のやりたいことをやってきましたし、北半球を1周するほど、海外へも行かせてもらいました。

一時は従業員100人近い企業を社長に変わり、切り盛りをして、売上高を創業後一番にしたこともありました。

しかし、それが生きる意味ではなかった事を、最近になって思うようになったのです。

華やかな時代に裏には、暗い思いもありました。

売上に貢献した会社からは、段々と煙たがられて、いつの間にか自分の居場所がなくなってしまった経験を何度かしました。

自分も増上していたのでしょう。

そして、定年を迎えてサラリーマン人生を終えた今、はっきりと解ったのです。

私が生きている意味は、「今をしっかりと生きていくこと」であるという事が。

栄光でも挫折でもなく、今を生きていくことが私の人生の使命なんだという事が。

自分らしく、誰の為でもなく、自分の為に今を大事に生きていくこと。

それが、私を産んでくれた両親への最大の親孝行だと確信しました。

特に最近は、体調に大きな変化が現れ、年に2回も手術をしてしまい、現在だから生きていられるが、60年前であったら死んでいたのかも知れないと思うのです。

でも、2026年の日本に生きているので、こうしてブログの原稿を書くことが出来ているのだと思いました。

それは、とても有難い事なのだという事も。

であれば、こうして生きているこの瞬間を大事にしっかりと生きて行こうと思ったのです。

 

生きているということに感謝をしながら。

 

向日葵を描きました。近所のお宅の庭に咲いていた向日葵を撮影し、自宅で描いてみました。写真は緊急入院した朝の通勤時に撮影しました。まさか、その日の夜に手術なんて夢にも思いませんでしたね。退院してすぐに描き始めました。が、暫くは体力が続かず、途中で放置してしまいました。太陽に向かいまっすぐに伸び花を咲かせる向日葵は来ていく力強さを感じました。

また入院してしまった

おはようございます。

 

今日は8月10日の月曜日です。

時間は午前7時40分

平日の朝なのに、のんびりしています。

残念ながら夏休みではありません。

また入院してしまいました。

7月28日の火曜日の朝。

何となくお腹が痛く、食欲もあまりなかったのですが、いつものように軽い腹痛だろうと思い、出勤しました。

朝、管理室に当直し、いつものように業務をこなし、昼食もあまり食べたいとは思わなかったのですが、夏バテかなと思っていました。

事態が急変したのは、午後3時頃でした。

なんか、おへそを中心にお腹が痛くなってきたのです。

我慢できない痛さではなかったので、退社時間まで我慢して自力で帰ろうと思っていたのですが、2時30分頃になって我慢できない痛みが襲ってきて、「これは自力では帰れない」と思いました。

やむを得ないので、会社にメールを入れ、早退を告げ、4時に救急車を呼んで救急搬送して頂きました。

4時30分頃に、かかり付けの病院に搬送されました。

救急処置室に運ばれ、腹部CTやレントゲン撮影、血液検査といった検査がされ、急性虫垂炎と診断されました。

その診断名を聞き、ちょっと安心した事を覚えています。

医師から「緊急手術」と言われ、必要な書類の説明を受け、署名をしました。

暫く、緊急処置室で待機させられ、19時頃に手術室へ移動。

その後は、時間は解りません。

気付いた時は、腹部に痛みがあり、さらに一般病棟にしては、設備が大げさな場所に運ばれました。

なんとICU(集中治療室)に運ばれたのです。

酸素マスク、心電図を取る装置なのか胸にコードが貼り付けられ、手には血中酸素を測るための器具が付けられていました。

おしっこの為の管は手術をすれば当たり前ですので、驚きませんでしたが、傷口近くから体内の血液を抜くための管が2本も付けられていたのには驚きました。

虫垂炎の手術にしては、大袈裟な術後処置

専任看護師が1時間置きに様子を診に来ました。

後で解った事ですが、虫垂炎の手術なので腹腔鏡手術をしていたようですが、出血が酷く急遽、開腹手術に変更したそうです。

それも右腹部を10cm程度切開し、腹部内に溜まった血液を吸い取り、医師が大腸を持ち出して、虫垂を除去したそうです。

私自身は痛みなどの自覚症状もあまり無く、ギリギリまで解らなかったのですが、体内では炎症が進んでいたらしく、虫垂を除去しようとしたら、大量の出血になったそうです。

術後、医師が「大変な手術だった」と言っていました。

ですので、一般病棟ではなくICUへ運ばれ3日間もICU過ごすことになったようです。

医師が「もう1日遅かったら、もっと大変な手術になったかもしれない」とも言っていました。

点滴も栄養剤と痛み止め等が常時4本程ぶらさがっていました。

それでも、痛みが酷い時は、別の痛み止めを点滴してもらいました。

さすがに、お腹を10cmも切ると痛いし、お腹に力が入らないので、寝返りも打てない状況でした。

一般病棟に移動したのは、術後4日目です。

それでも、食事を摂る事は出来ませんでした。

現代の医療現場では、手術をしても翌日には、起き上がったり、ベッドから足を下ろして腰掛けたりをさせます。

私も、手術の翌日にリハビリ担当の方が来られ、ベッドから降りる事を試みましたが、駄目でした。

ですが、その翌日には短い距離ですが歩く事が出来ました。

勿論、事前に痛み止めを点滴していたためです。

一般病棟に移ってからも、痛み止めは点滴されていましたし、リハビリの1時間前には追加に強力(麻薬と看護師は言っていました)な痛み止めを点滴してもらっていました。

その点滴が不要になったのは、おしっこの管が取れてからですから術後7日目でした。

その後は、お腹から出ていた管も抜かれ、点滴の数も減れ、お腹は少し痛いですが、普通に歩けるようになりなりました。

そして、8月7日に退院をしてきました。

 

傷の痛みは殆んどなくなりましたが、10cmも切っていると、くしゃみをしたときにはまだ、傷に響きますね。

自分でも、60代後半になって、年に2回も大きな手術をするなんて、夢にも思っていませんでした。

1月の手術は、昨年の9月に医師と相談して決めた手術なので、心の準備だけでなく、その他の準備もしっかり出来ていましたが、今回の手術は青天の霹靂のような出来事でしたので、手術の後に「なんで俺はこんな思いをしているんだ。これは夢ではないのか」と思った事をしっかりと覚えています。

 

今回の件は、年齢が嵩んだから起こった出来事ではありませんが、思わぬ出費と体への負担です。

お金は働ければ、挽回することは出来ますが、働けなくなったり、歩けなくなくなったりしたら、これからの人生がどうなるのかと、病院のベッドで考えてしまいました。

自分のやりたいこと、食べたい物、行きたいところ、会いたい人、「いつか」ではなく、具体的に「いつ」と考え、行動を起こすことの大事さを痛感しました。

日常は当たり前ではありません。

簡単に崩れてしまう事もあります。

私が入院した日、熊本県で10年ぶりに大地震が起こり、日常が奪われてしまいました。

60代になったら、やりたいことや会いたい人には、積極的にやったり、会ったりしましょう。

時間はあるかもしれませんが、出来なくなる可能性もあります。

 

人生を後悔しないためにも、アクティブに過ごしましょう。

 

紫陽花を描きました。  玄関脇のプランターで咲いていたので、写真を撮って、絵にしてみました。 残念ながら、もう紫陽花の季節は過ぎてしまいましたね。 来年も咲いてくれたら嬉しいですね





 

 

急がなくなった

お早うございます。

 

今日は7月5日の日曜日です。

時間は午前3時40分

外はまだ暗いです。

というか、今年は6月の梅雨シーズンは雨が多くて、太陽を見ることが少ないです。

気温も上がらず、昨年のような真夏日(30℃以上)は殆どありません。

 

ブログの更新がだいぶ時間が空いてしまいました。

「自分のペースで過ごしたい」と思うようになってからは、怠惰と言えるほど急がなくなり、やりたくないことはやらないようになってしまったのです。

その結果がブログの更新や、絵を描く時間に出てしまい、ブログの更新が出来なくなっていました。

しかし、60代の後半からはそんな生き方でいいのかなと思っています。

60代前半までは、「何かをやらなくては」という思いが強く、常にやることを求めていたような気がします。

ですが、今年の初めに入院をして、かなり大きな手術をして、以前のように身体も動かなくなり、歩くスピードも遅くなりました。

すると、「何故、あんなに急いで歩いていたんだろう」という疑問が浮かんだのです。

いつも何かに追われるように急いで歩いて、あれもやらなければ、これもやらなければと思っていました。

現役時代は結果を求められるし、成果を上げなければ評価が下がるので、致し方なかったのですが、60代後半は成果も結果も求められません。

だから、自分のペースで生きて行けばいいのです。

この事に気付かされたのも手術をしたお蔭かも知れません。

それまでは、自分で結果を求めていました。

「これをやったんだから、その結果はこうなるはず」なんて考えていた自分がいたのだと思います。

だから、そのような結果にならないと、自分のなかにストレスを作ってしまっていたのかも知れません。

長年の習慣というのは、そう簡単に抜けないものです。

しかし、60代後半からは「結果」なんてものは求めなくていいのです。

自分のペースで1日を生きていくことが大事なのではないでしょうか。

自分にとって心地よい生活のペースを作っていくことが60代後半には大事だと思います。

 

ここで勘違いして欲しくないのは、家族に迷惑を掛けるような行動はしてはいけません。

自分のペースで生きたいからといって、朝食の時間を自分勝手に変えて、奥さんに迷惑をかけるような事はしてはいけません。

自分勝手に生きるという事は、誰かに迷惑を掛けることではないのです。

家族の生活リズムと自分の生活リズムが違うのであれば、自分の生活リズムは自分の中で調整するのです。

私は、夜は早くに寝室へ行きます。居間は奥さんに明け渡してしまいます。

観たいテレビ番組は事前に録画予約をして、自分の時間で観るようにしています。

朝食も自分で作るようにしています。

自分の食べたい物を自分で購入して、自分の時間で食べています。

私は平日の昼間は殆ど家に居ません。

仕事をしているからです。

仕事といっても結果を要求されるような仕事ではないので、自分のペースで仕事を進めることが出来る仕事です。

だから、急ぐ事はありません。

自分のペースで仕事をしています。

最近、学んだ事は「やり過ぎない事」です。

以前は、「あれもこれも」と思っていましたが、今は「今日はこれだけやる」と決めて仕事をしています。

すると心に余裕が出来て、今まで見えなかったところに目が行くようになります。

 

生き方には正解はないでしょう。

私は「急がない」生き方を選択しました。

歩くスピードも遅くなったので歩いていると、色々なものが見えるようになりました。

紫陽花が終わりを迎え、朝顔が咲きだしたこと。

昨日はあるお宅の庭に桔梗が咲いていたので、写真を撮りました。

 

年齢を重ねると、若い頃のように身体が動かなくなります。

だから、ゆっくりと歩き色んなものを観てみる楽しみを見つけるようにしています。

 

近所に咲いていた朝顔が綺麗だったので、つい写真に収めてしまいました。多分、学校で栽培した朝顔を持って帰ったのでしょう。もうすぐ夏休みですね。

 

何故?

お早うございます。

 

今日は2月23日の月曜日です。

天皇誕生日で祝日ですね。

今日は、暖かい1日になるそうです。

 

先月の後半は入院生活を送っておりました。

人間の身体とは不思議なもので、蘇生能力があるお蔭で、傷もすっかり癒されました。

今までずっとあった左肩から肩甲骨への鈍痛も、だいぶなくなりました。

手術の成果ですね。

執刀して頂いた担当医や献身的に看護をして頂いた看護師の方々には、本当に感謝しております。

でも、退院してきて日常に戻り、いつものように出勤や勤務をしていると、なんで人間はこんなにも身勝手な振る舞いが出来るのだろうと思う事があります。

例えば、以前も書いたかもしれませんが、通勤電車でどう見ても優先席を必要としない方が堂々と座って、さらに隣に座らせたくないのか、体を斜めにして足を組み、真ん中の席に座れないようにしている人がいます。

前には、高齢の方がいても知らんぷりで携帯を観ている。

何故なんでしょう。

そうかと思えば、杖をついている方を見つけると、優先席でもないのに席を譲ろうとされる方もいます。

同じ人間なのに、なにが違うのでしょうか。

人は見かけでは解りませんから、元気なようでも何か病気がある場合があります。

が、なにも足を組んだり、隣に荷物を置いたりすることはないでしょう。

何故、このような行動になるのかが解りません。

解らないというのは嘘です。

単純に座らせたくないのでしょう。

しかし、だからといって、許容される行動ではないと思います。

しかし、このような行動を取られる方に、正論で諭しても意味がありません。

却って、嫌な思いをするだけです。

それが、とても残念でなりません。

そして、その方を変えることなど絶対に出来ないのですから。

 

細かい事ですが、ゴミ置き場にその日の回収でないゴミを置く方がいます。

明日にそのゴミが回収されるのなら、仕方ない事ですが、1週間も後の回収なのに、置いていく人がいらっしゃいます。

その方は悪気がある訳ではないのかも知れません。

自分の家で不要になったゴミですから、ゴミ置き場に持ってきただけなのかも知れません。

誰の迷惑にもならないでしょう。

まして、そのゴミが生ゴミではなく不燃ゴミならなおさらでしょね。

でも、どうなんでしょうね。

何故、ルールを守らないのでしょうか。

回収日の前日まで、自宅の邪魔にならない所へ置いておけばいいだけのようにも思うのですが。

 

多分、そのような行為をされる方は、自分にも言い訳をしているのではないでしょうか。

「誰の迷惑にもなっていないんだから、別に早く出してもいいでしょう」なんてね。

 

ほんの些細な事ですが、自分を誤魔化してしまっていると、本当の自分が見えなくなってしまうのではないでしょうか。

 

それって悲しい事じゃないでしょうかね。

 

ショウビタシを描いてみました。
もう、見かける事はなくなりましたかね。渡り鳥なので関東近辺で観れるのは、3月位まででしょうか。
この絵もフリー画像を参照しています。
山歩きは、まだ難しいですね。
自宅で習作として取り組んでいます。

 

退院してきた

お早うございます。

 

今日は1月30日の金曜日です。

時間は午前3時。

 

暫くぶりにブログの記事を書いています。

今年になって初めてに執筆です。

 

お蔭様で1月27日、無事に退院をしてまいりました。

1月15日に入院したのですから、月の前半はいつもと変わらない生活をしていたのでしょうが、ブログ原稿の執筆はしていなかったようですね。

 

今回のブログは入院生活を振り返って、原稿を書かせて頂きます。

 

私の病気は「頸椎症性脊椎症」という、首の頸椎に「骨棘」という不要な骨がとげ状に出来てしまい、脊椎の中の神経を圧迫してしまい、腕の麻痺や歩行困難などの運動障害を発生させてしまう病気でした。

この病気は決して珍しい病気ではなく、誰でも罹患する病気です。

誰でも罹患すると言っても、感染症ではありません。

あくまでも個人の体質でタンパク質などが固まりやすく、その固まったタンパク質が骨の棘になりやすいと言う病気です。

さらに、同じような症状になっているにも関わらず、自覚症状がなく、痛みや運動障害と言った症状が出ない方もいるそうです。

私の場合は、肩甲骨から左の首筋の痛みは40代の頃からあったのですが、当時に通院した整形外科では病名が判明せず、頸椎性ヘルニアと診断され、頸椎を引っ張ることにより、痛みの緩和治療だけでした。

ですから、20年以上に渡り、左肩から肩甲骨への痛みがあったのです。

それが痛みだけでなく、左腕に力が入らなくなり、左腕が肩より上に上がらなくなると言った症状が昨年の6月から急激に発症し、近所の総合病院の整形外科に通院したことで、大学病院で手術を受けることになるきっかけでした。

近所の総合病院で、MRI検査を受けた際に頸椎に骨棘が出来て、脊椎内の神経が圧迫されていることが判明しました。

が、残念なことにその病院では、この病気の治療が出来ないと言われたのです。

理由は、脊椎専門医がいない事と、居たとしてもこの病気を治療する環境が無い事でした。

で、別の総合病院に紹介状を書いて頂いたのですが、そこには脊椎専門医はいたのですが、この病院もこの病気の治療が出来る環境が無いとの事で、大学病院を紹介されたのです。

その大学病院は自宅から道路が混んでいなければ40分位にある病院です。

その大学病院は脊椎専門医も沢山従事しており、治療や手術の環境も整っていたので、診察を受け、手術をするという事になりました。

確か9月位から通院を始め、CT検査、レントゲン撮影や筋電図検査などの検査を受け、左腕が上がらなくなった原因は頸部に出来ている骨棘による脊椎の圧迫と診断され、手術をすることになったのです。

しかし、左腕が上がらなくなった原因は、骨棘による神経の圧迫だけではなく、加齢による筋力の低下も若干はあるため、手術をしたからと言って、急激に腕が上がるようになる訳ではないと担当医師から伝えられていました。

さらに、左頸部から肩甲骨への痛みも手術後すぐに改善されるとは限らないとも言われていました。

要は症状の悪化を防ぐための手術であって、現状を改善するための手術ではないとのことです。

このまま、放っておけば近い将来、腕は完全に上がらなくなり、場合によっては歩行も困難になる可能性があるとの事でしたので、手術を受けることにしました。

 

さて、実際に入院から手術迄(1日しかないのですが)や、手術後の状況は、また次のブログでお伝えしたいと思います。

というのも、長い事キーボードを打っている作業は、結構、負担があるようで首に痛みが出てしまうので(まだ退院して3日目で傷は癒えていますが、首筋に無駄な力が入ってしまい痛みが出るのです)、今回はこの辺で終わりにしたいと思います。

 

牡丹を描きました。まだ寒い時期ですが、敢えて赤い牡丹を描いてみました。ただ、牡丹を描くだけではつまらなかったので、スパッタリングを試してみました。ちょっと遣りすぎとは思いましたが、やっちゃったので仕方ないと諦めました。が、これはこれで「まあ、いいか」と思っています。

 

今年も残り4日となる

お早うございます。

 

今日は12月28日の日曜日

時間は7時45分

寒い朝です。外気温はマイナス2.3℃だそうです。

室内も16℃程度です。

ストーブを使っていなかったので、室内もひんやりとしています。

 

さて、今年も残り日数が4日となりました。

しかし、私の中ではあまりそんな意識がありません。

そのくらい、街中に師走の雰囲気が感じられないのです。

通勤時間30分で利用駅も最寄駅と勤務地の最寄駅だけなので、住宅地の駅ですので商店街もありません。

なので、歳末売り出しなどのイベントを感じることもないからでしょうか。

そういえばクリスマスもいつの間にか終わってしまいました。

孫にプレゼントを購入したのですが、いまだに届きません。

イギリスから取り寄せたのがいけなかったようです。

年内に届くでしょうか。

まあ、年明けなら新年のプレゼントにしようと思っています。

 

さて、ありきたりですが2025年を振り返ってみますか。

私の2025年は身体のメンテナンスの年になってしまいました。

すでに、ブログでお伝えしているように、5月の連休は病院で過ごし、その後は病院でm難病と言われ大学病院での診療の結果、難病ではなかったけど1月に手術をすることになってしまいました。

私自身は、歩くときに若干のふらつきが生じる程度で、生活に大きな支障がある訳ではありません。

しかし、放っておけば歩行に支障が現れたり、腕が上がらなくなってしまうという事なので、まだ体力があるうちに手術をしようと決断しました。

年齢が上がると全身麻酔での手術は困難になるそうです。

であれば、今のうちに手術を受けたほうが良いと判断しました。

しかし、今回の手術は症状を改善するための手術ではなく、これ以上進展しないための予防の手術です。

ですから、現状の症状である左腕が上がらない症状やふらつきを無くす手術ではないそうです。

という事は、手術後に何かが改善される訳ではないということです。

医師は、正直、簡単な手術ではないと言っています。

頸椎の神経の通っている骨を削って、骨棘で狭くなった脊椎管を広げるそうですが、骨棘は削除できない場所なので、そのまま残すそうです。

なので、骨棘が肥大すればまた脊椎管が狭くなり神経が圧迫される可能性があるそうです。

なので、脊椎管を広げて時間稼ぎをするための手術ですが、脳から伸びている脊椎管内の神経のすぐそばの骨を削る訳ですから、もし神経に傷を付けてしまえば、身体のどこかに支障が出てしまう事になります。

あり得ないとは思いますが、最悪寝たきりになる場合もあるようです。

ちなみに頸椎症性脊椎症は、加齢に伴い発症する病気なので罹患率は高い病気です。

しかし、症状が出る人と出ない人、症状が出ても軽い人と私のように部位にはっきりとした障害が出てしまう人と、個体差があるそうです。

私の場合は、運悪く症状が出てしまった訳です。

なので、手術が必要になってしまったのです。

 

と、今年を振り返ると身体に大きな障害が現れた年になってしまいました。

しかし、負け惜しみではなく、私は今年で良かったと思っています。

今年に発症した事で病院にも恵まれ、また手術をする機会を得ることが出来ました。

確かに発症しなければ、こんな事にはならなかったのですが、なってしまったのですから仕方ありません。

であれば、この半年で病名が明確になって、適切な病院に巡り合って、しっかりとしたケアのできる病院で治療を受けることが出来るのは有難いことです。

来年(2026年)は、治療も続くかもしれませんが、働くことも続けられると思いますし、充実した年にしたいと思っております。

まだまだ、働きたいですしやりたいことも沢山あります。

1月の後半はブログの更新が出来ないと思いますが、2月には再開したいと思っています。

入院から手術、リハビリの様子をお届けしようと思っております。

 

梅にメジロの絵です。メジロが暗くなりすぎてしまいました。仕上がりは残念ですが、季節は丁度合っているのかなと思います

 

全ては自分の中にある

お早うございます。

 

今日は12月21日の日曜日です。

時間は午前6時です。

外はまだ真っ暗です。が、今日はいくらか寒さが和らいでいるようです。

 

2025年も残り10日となりました。

今年は暑さも厳しく、そして、10月を過ぎるとエレベータのように気温が低下して、寒く成りました。

そうかと思えば、昨日のように10月中旬の暖かさになる日(私の住んでいる関東ではさくかったですが)もあるという、安定しない気候です。

 

天候は私達人間の思うままにならないものです。

いくら「暑い」と言っても、涼しくはなってくれませんし、寒いと言っても冬になれば寒くなるものです。

また、そうでないと困ってしまう事もあります。

しかし、人間はわがままなもので、暑い時は「早く涼しくならないか」と思い、寒くなると「早く春が来て暖かくならないか」と思うものです。

私もそのように思う1人です。

しかし、暑さや寒さの感じ方は、人それぞれによって違うようですね。

極端に暑かったり寒かったりした場合は、そんなに差はないでしょうが、その対応に仕方には大きな差があるのではないでしょうか。

暑さが苦手な人は、ちょっと暑くなっただけで汗をかいてしまい、動くのも嫌になってしまうし、相当暑くならないと汗もかかない人は、涼しい顔をして過ごすことができるでしょう。

寒さも同じですよね。温度計の数字は絶対温度ですから、誰が見ても20℃は20℃ですが、体感温度は千差万別ですよね。

20℃を暑いと感じ、薄着になる人もいるでしょうし、丁度良い気温と感じるひともいるでしょう。

つまり、感じ方は人それぞれによって違ってくるという事なんですね。

という事は、物の見方や感じ方、また捉え方は人それぞれで違うということですよね。

私は甘い物が好きなものですから、お萩や牡丹餅も大好きなんですが、私の妻は嫌いだそうです。

どうしても、お米にあんこをくるんでたべるのは苦手なんだそうです。

つまり、甘いご飯のおかずは苦手なようです。

卵焼きも、甘い卵焼きは駄目だそうです。

なので、我が家の食卓には甘い煮豆がおかずとして並ぶことはありません。

煮豆は煮豆だけをおかずではなく、おつまみとして食べる(そもそも食べないそうですが)と考えているようです。

でえすが、サツマイモの天ぷらはたべるのですよ。

私はサツマイモの天ぷらは苦手です。

これは甘いからではなく、口の中でモソモソしてしまう感覚が苦手なんです。

甘さ自体はとてもいいのですが、サツマイモのモソモソ感が好きになれません。

おもしろいですね。

 

さて、という事はそのような感情は全て自分の中にあるという事になりますね。

「感情」とは「喜怒哀楽」が代表的ですが、

それ以外にも「嫉み」、「妬み」という「嫉妬」の感情もあります。

「嬉しい」や「喜ぶ」感情は、第三者から見ても嫌な気にはなりませんが、「怒り」や「哀しみ」は周りの人にも「辛さ」や「不快感」を与えます。

特に「怒り」は他人へも伝染することがあり、周りにいる人も巻き込んでしまう場合もあります。

私は、つい最近まで「感情」は自分の外側の事象によって起こるものと思っていました。

何かの原因があり、その原因が元で「喜怒哀楽」が現れると思っていたのです。

確かに、何かの原因があって「喜怒哀楽」が生まれるのでしょうが、その反応の度合いは人によって違いますね。

ちょっとした事でも烈火のように怒り出す人もいれば、「そこは怒る所でしょう」と思うような時でも、平然としている人もいます。

そこにその人となりが出るのでしょうが、では何が違うのでしょう。

怒らない人は、ただ鈍感なだけなのでしょうか?

すぐに悲しむ人は、単に泣き虫なだけなのでしょうか?

 

私は仏教を勉強したことで、この事について考えるようになりました。

私自身の事で考えると、「気が短い」性格だと思ったのですが、小さい頃はそんなに「気が短い」とはいえませんでした。

では、なにが影響するのでしょうか。

仏教では、「執着」が大きく影響すると言われています。

「執着」とは、「拘り」とも言えるでしょう。

私はいつの間にか「拘り」が強くなり過ぎていたのです。

たとえば、「優先席や座席を必要とするような人がいるなら、率先して席を譲るべきである」とか「混んでいる電車の中では足を組んで座るとか、足を投げ出して座らない」などに異常な嫌悪感を抱いてしまい、そのような行為をする人に対して許せない感情があったことです。

確かに、あまり好ましい行為ではないでしょうが、そのような行為をするのはその人であり、私には全く関わりがないことで私がその人を諌める立場ではないことが解らなかった(諌めるべきと思い込んでしまった)のです。

その他にも、自分の思っておるような状況になっていないと、その状況に不満を抱いてしまい、怒りやイライラが生じてしまい、周りの人に八つ当たりをしてしまったのです。

 

ですが、本来はそこまで不機嫌になる必要はなかったのです。

今は、「その行為はその人がやっていることで、私はなんの被害も被っていない」と考えれば、そこまで怒りは無かったと思います。

 

つまり、全ては自分の中に原因があったのです。

そして、「怒り」は私の身体にも影響しました。

思うようにならない事でストレスが溜まり、体調を壊してしまう事もありました。

周りの人ともうまく行かなくなり、孤独感や疎外感を感じて悩む事もありました。

 

全ては私が「無知」であったからです。

仏教では「無明」と表現されます。きちんとした知識が無いために間違った感情に縛られ、間違った行為をしてしまうことが「無明」です。

67年の月日を生きてきて、やっと得ることができた知識です。

 

あまり、細かいことに拘らず、他人の行動は他人のもので、自分が自由に出来ることではないという事を理解して、不用意に人の行動を制約することをせず、その人の行動や言動にもその人なりの理由があるという事を意識してあげることが大事であるという事を学びました。

明らかに法に触れる行為を見逃すという事ではなく、あまりに身勝手な執着を手放し、極端な考えをしないようにすることが、人生には大事なことだという事を仏教は教えているのだという事を知ったのです。

 

人によっては、厳しい戒律や修行を持って教えを習得するという方もいますし、そのように考える方もいますが、仏教だけではなく宗教とは人間が生きていくうえで、如何に苦しみを軽減することが出来るかを教えているのではないでしょうか。

 

紅梅と小鳥を描いてみました。今年になって初めてのブログの更新です。1月の後半は入院ん生活をしていました。もう、梅が咲きだしているという情報も流れていますね。春はもうじきやってきます。花の咲く季節の到来ですね。さて、次は何を描こうかな