お早うございます。
今日は11月23日の日曜日です。
勤労感謝の日です。
時間は午前3時30分です。
外は当然真っ暗ですね。
早いですね。今年も残すところ1カ月と10日位になりましたね。
以前も書いたと思いますが、2025年は病気の発覚から始まった年でした。
年間を通して、こんなに病院に通った年は、あまりないと思います。
昨年の暮れに救急で入院をし、泌尿器科へ通院を始め、大きな問題は無かったのですが、5月位まで通院しました。
その通院が終わらないうちに、やはり救急対応で病院に搬送され、ゴールデンウィーク中は憩室炎で入院。
食事制限治療で6日間の絶食治療。
ゴールデンウィーク中は病院の中で、点滴で栄養と薬を投与しながら、大人しく過ごしました。
お蔭で、ダイエットに成功しました(笑)
6月には、首から左肩の痛みが酷いので、整形外科での診療を受け、結果、大学病院で来年の1月に手術をすることになってしまいました。
という事は、来年も通院が続くみたいですね。
これは、67年間の人生の中で2度目となる、自分の身体のメンテナンス時期なのではないでしょうか。
1度目は24歳の頃だったと思います。
あっ、忘れていました。
私は、生後半年くらいで、仮死状態になっていたようでした。
私自身は全く覚えていませんが(当たり前ですね)、母からは何度も聞かされていました。
で、暫く入院生活をしていたようです。
20代の頃は入院はしませんでしたが、原因不明の発作により、意識が無くなり全身に痙攣が現れるという「てんかん」のような症状を何度か発症したことがあり、横浜市立病院で治療を受けたことがありました。
が、脳波検査や頭部CT検査、MRI(当時は珍しい検査で、大変高価な検査だったと記憶しています)検査を受けましたが、原因が解りませんでした。
多分、ストレス性による発作だったのかもしれません。
現在は、当時のような発作は全く起こりません。
この症状の為、約3年間、毎月、大学病院で脳波検査などを受診していました。
その後は、15年位前に胆石の摘出手術を受けました。
これが私の大きな病歴ですね。
そして、現在に至っております。
全く健康な方に比べると(比べることではないけどね)、結構、大きな病気(病気かどうかは解らない症状)をしているのかもしれません。
しかし、私が一番、意識しなければいけないのは私の性格です。
私は、幼少の頃から負けん気が強い性格でした。
さらに、人を疑ってしまう傾向もありました。
深読みをし過ぎてしまうと言ったほうがいいのかもしれません。
それにより、ジブ自身を見失ってしまう傾向があります。
深読みをし過ぎるがゆえに、自分の感情が極端になってしまう事があるのです。
上手く、文章(いや、言葉)にすることが出来ないのですが、自分勝手に周りの状況を決めつけてしまう癖があるのです。
たとえば、私自身は身に覚えがないのに、私の行動が気に入らないと思っている人がいるとします。
そして、そのことを私が何らかの形で知ってしまうと、その人に対する感情が閉塞的になり、さらに攻撃的になってしまったことがありました。
今は、攻撃的にはならず、距離を置くようにして、さらにあまり関わらないようにしています。
しかし、何かあるとつい、自分の心の中でその人だけでなく、自分を守るためなのでしょうが、自分の周りの全てを否定するような言動や行動をしてしまう事があります。
暴力的な行動ではないのですが、身近な人(殆ど妻なのですが)に、自分のいる環境や近くにいる人を批難するような言動をすることがあるのです。
そうなると、自分を客観的に見ることが出来なくなり、思考のるつぼへと落ちてしまい、周りをきちんと見ることが出来なくなってしまうのです。
最近、私は病気の為、外出が嫌になりました。
また、まだ働いてはいるのですが、以前ほど積極的に他人とコミュニケーションを取る事を避けるようになっています。
なので、事務所に籠る傾向が強くなりました。
歩くことが億劫になっているのです。
病気による、足元のふらつきが出るようになってしまったので、清掃作業を出来るだけ最小限にし、汚れているところをピンポイントで清掃するようにしているのです。
もちろん、全体を見渡す「巡回」は定期的にしているのですが、清掃作業は時間を決めて、その場所だけの清掃を細目にするように変えたのです。
すると、ある居住者様から「管理員はいつも管理室に籠っている。清掃作業をしているところを見なくなった」というお叱りが会社に入ったそうです。
また、「管理室では、暗い表情をしていることが多く、観ているとこちらも暗くなる」というクレームもあったそうです。
このクレームは1人の居住者様からだったそうです。
しかし、このことを妻に「どこから見ているのか解らないが、わざと管理室を遠目からのぞき、そんなクレームを伝えるのは恐ろしい」と話したら、「それはあなたの中にも同じ気持ちがあるからでは」と言われました。
私は妻から言われたこの言葉を聞いて、内心驚きました。
自分は自分のやり方で作業を行い、業務は全うしていると思っていたので、そんなクレームを言われるとは思っていなかったのです。
しかし、人の思いは千差万別ですね。
自分の考え方が完璧な考え方であるとは限らないのです。
たとえ、その方法が間違っていないとしても、人の捉え方まで否定することは出来ないし、また、私の中におごりや甘えがあったのかもしれません。
だからと言って、その方を正当化する訳ではありませんが、私の感情に執着があったのかもしれません。
とても難しいのですが、いま、このように文章にしていることも執着なのかもしれません。
しかし、このような感情を持つことは自然な事ではないでしょうか。
そして、その事を自分の中でしっかりと自覚をして、「あっ、いまの私はクレームに囚われているんだな。クレームを伝えた人を正しく見ることが出来ないんだな」と思うことが大事なのではないかと思います。
クレームはクレームです。
私を否定しているのかも知れませんが、それはクレームを伝えた人の思いであり感情です。
私の物ではありません。
妻の言った事も妻の感情であり、妻の言葉です。
私もそうですが、言葉と言う物はその時の感情で全く違った表現をする時があります。
言葉を発した人が、いつでもその時の感情で生きている訳ではないのではないでしょうか。
その時、ふと頭に浮かんだ言葉、もしくは無意識に出てしまった言葉もあるかもしれません。
その言葉に囚われて、自分自身を見失い自分の感情をコントロール出来なくなると、とても危険です。
どこかで、その感情を手放さないと負の感情が自分の中で増幅してしまい、嫉妬や怒りに変わり、正常な思考も妨げられて、衝動的な言動や暴力に繋がってしまいかねません。
私は、67年の人生でこの感情に負けてしまい、自分を抑えることが出来なくなったことが多々ありました。
今にしてみればとても愚かしい事です。
しかし、それは自然なのかもしれません。
年齢を重ね、色々な知恵がついて来ると、今のような感情が生まれ、自制ができるようになります。
よく「歳を取ると丸くなる」と言われます。
これがそんな知恵を得たという表現なのかもしれませんね。
なんか、訳のわからない事を書いてしまいました。
もし、この文章を読まれた方がいるのであれば、読んだ後に笑ってください。
全く、お恥ずかし限りです。

クリスマスシーズンです。クリスマスと言えば「ポインセチア」ですね。赤と緑のコントラストが美しい植物ですが、写した写真が光量不足で色がくすんでしまいました。が、それはそれで面白いと思いそのまま描いてみました。