おはようございます。
今日は8月24日の日曜日でございます。
時間は午前3時。
外は、まだ暗いですよ。
しかし、外気温は26.7℃と熱帯夜でございます。
湿度が87%と、とても高いですね。
なので、エアコンがフル稼働でございます。
もう、1日中エアコンを可動させないと、生きていけない、今日この頃ですよね。
3年前には考えられなかったことでございますね。
なんせ、猛暑日が連日と続いており、今日も東京都内は37℃の予報でございます。
体温以上の気温ですよ。
考えられませんよね。
一体、地球はどうなってしまうのでしょう。
さて、本題へ入ってまいりましょう。
今、日本で話題になっているのが「日本人ファースト」という言葉ですね。
前の参議院選挙で、この言葉をスローガンにして、大躍進した政党がございました。
私は政治に関してどうこう言えるような人間ではないのですが、政治というより現在の日本が大きく変わらなければいけない時にきているのではという思いから、今日のブログを書いてみようと思ったのです。
あくまで私見ですので、軽く読み飛ばしてください。(あまり、深く考えないでくださいね)
まず「日本人ファースト」とは何なんだろう。
その前に「〇〇ファースト」なる言葉が、こんなに使われるようになったのは、いつからなんだろうという疑問が湧いたので調べてみましたよ。
どうも2016年のアメリカ大統領選挙で、トランプさんが、「アメリカファースト」とぶち上げたのが始まりのようです。
(もし、間違っていたらごめんなさい)
アメリカは、多国籍民族国家ですよね。
多くの移民を受け入れている国家です。日本のような単一民族国家ではないですね。
もともとはイギリスからの移民がアメリカに渡り、アメリカインディアンから土地を奪い(これも語弊があるかもしれませんね)国家を作り上げてきた国です。その際、多くの国から移民が流れ込んだり、奴隷としてアフリカから人民を連れて来たりしたのですよね。
その結果、多国籍民族国家となったのですよね。
日本人も、明治後期に士族の二男坊などが、アメリカやブラジルに渡り、辛い苦役に耐えながら生活をして、すこしづつ人権を得て行ったのは、色々な資料で見ることが出来ますよね。
ところが、日本は徳川家康が1600年の関ヶ原の戦いで勝利し、江戸に幕府を開いてから「鎖国制度」を敷き、外国人の入国を受け入れない時期が450年も続き、単一民族国家の基礎を作り上げてしまいました。
その後、明治になって開国され海外文化が流れ込み、外国人が日本に入って来ましたが、すぐに戦争が始まり、外国人が日本で生活できる状況でない時期が昭和20年位まで続きました。
本格的に日本に外国人が入り込んできたのは、昭和24年の終戦以降ではないでしょうか。
つまり、進駐軍が日本に来て日本を接収したのが始まりなんですよ。
という事は、日本国民にとって外国人が日本に入ってくるという事は、あまり良い印象ではないんですね。
戦後の辛い時期、アメリカからやって来た戦勝国アメリカ軍人が東京を接収して、我者顔でジープで走りまわり、敗戦で困窮した日本人を蔑んだように裁いていった歴史背景があるからですよね。
日本はアメリカの影響を受け、昭和30年代に高度な経済成長を遂げたのですが、その時はアメリカの進駐軍は日本から撤収しており、僅かな数の外国人がある特定の場所で生活をしているだけだったので、多くの日本人は外国人と生活を共有することは無かったのですよね。
だから、日本は敗戦国でありながら、日本独特の文化を維持し、言語も日本語が残ったのですよね。
ちょっと話はそれますが、こんな日本に似ている国が、お隣の韓国ですよね。
大きな違いは、日本は世界中の列強に楯突き、戦争に負けた敗戦国だが、韓国は戦争には負けなかったが、国力が無かったためアメリカとソビエトの傀儡になってしまい、国が分断されてしまったこと。
だけど、自国の文化は存続され言葉も残されたことや、アメリカの文化の影響を強く受けたことは同じですよね。
韓国と日本の歴史では、日本の軍国主義が大きな被害を与えたことは事実であり、韓国国民には耐えがたい屈辱となっていることは、偽りのない事実でしょう。
ちょっと、話がそれました。
つまり、つい最近まで日本は単一民族国家だったため、現在のように外国人が我々の生活圏にこんなに浸透することは無かったわけです。
小学校に外国人が一緒に勉強するなんてことは、私が小学生の頃はありませんでした。
だが、現在は地域差こそあるでしょうが、半数は外国人という小学校もあるみたいです。
私の息子が小学校の頃、クラスに外国人がいて、我が家にも遊びに来た事がありました。
私も、仕事でシンガポールとマレーシアに長期滞在していたこともあり、地域に密着して生活をしていたこともありました。
長い間、日本は単一民族国家であったため、文化も単一で日本人の美意識である「思いやり」や「和」と言った精神は当たり前でした。
しかし、戦後、海外からの定住者も増え、特に平成時代になってからの外国人の流入は多くなり、団地に住人の半数が中国やブラジル、東南アジアからの移住者なんてところもあるようです。
そうなると、当然のように文化や習慣の違いから、民族間の軋轢が生じてきます。
日本でも、九州と東北では生活習慣が違いますから、一緒に生活をするとなると習慣の違いから、意見が衝突することがあります。
私が経験した大きな思い出は、高校生の時に青森の方と鹿児島の方が、お互いの方言で話をされて全く通じなく、聞いている私も全く解らなかった事がありました。
これは、お二人がわざと私をからかうために、仕組んだおふざけだったのですが、私はそんなことを知りませんから、二人が何を言っているのか、なんでこんなに激しく議論を方言でしているのかが解らなくて焦ってしまいました。
二人は、そんな私の焦った様子を見て、笑い出してしまい種明かしをしてくれたのですが、これも同じ日本人同士だったからではないでしょうか。
結局は日本人であるというアイデンティティテーが、お互いの理解をサポートしていたのではと思います。
また、話が横道にそれますが、40代の頃に仕事である大手メーカーの営業の方が言っていたことが印象に残っているのですが、幕末に獏軍と新政府が勃発した戦争で、会津戦争がありましたが、その営業の方は会津の方で、いまだに長州(山口県)の方とは心を割って話をすることが出来ないと言っていました。
同じ日本人なんですよ。信じられます。
私は茨城県水戸市の出身ですから、徳川の御膝元、例の水戸黄門一色の地で育ちましたが、長州に対してそんな思いを持ったこともありませんし、徳川さんにもありません。
こう考えると、日本の中にも「〇〇ファースト」は存在するのかも知れませんね。
よくやっているのは、北関東3県の「県の人気度ランキング」での順位争いですね。
茨城と群馬や栃木の観光者数での順位の争い。
「〇〇ファースト」とはちょっと違いますが、でも、考え方は同じのような気もしませんか。
なんか、話が脱線してしまいますね。
日本も高度経済成長の時代は終わり、日本人の平均年齢は高齢化が進み、GDPも世界のトップクラスではなくなり、労働力も日本国民だけの力では存続できなくなっています。
それは世界に共通して言えることではないでしょうか。
ならば、海外からの移住者を受け入れ、労働力の確保が必須であること、生産国の力が無くなってきているのであれば、海外からの観光客を受け入れ、外貨を落としてもらう事も考えなければならないでしょう。
いつまでも、日本人民族だけで生活をすることは出来ないのではないのでしょうか。
世界の民族と共存し、グローバルな考えを受け入れ、どうしても受け入れられない考えについては、しっかりと議論をしてお互いの妥協点を模索していくことが、これからの日本の存続の課題なのではないでしょうか。
「日本人ファースト」なる考えは悪いことではないと思いますが、ちょっとした考え方の違いや、行動により今迄であれば理解しあえた事が、大きな衝突の素になってしまうことはあると思います。
互いの国民性を理解し合い、どうしたら互いが心地よい生活環境を作り上げていくことが出来るかを、一部の人に頼るのではなく我々が一緒になって考えて行かなければいけない時代が到来したのではないでしょうか。
またしても、とっ散らかった文章になってしましました。
どうしたら、うまい文章が書けるようになるのでしょう。
日本人を66年もやっているのに、日本語のスキルが低すぎて困ったものです。
英語に関しては全くですがね。
おはようございます。
今日は8月24日の日曜日でございます。
時間は午前3時。
外は、まだ暗いですよ。
しかし、外気温は26.7℃と熱帯夜でございます。
湿度が87%と、とても高いですね。
なので、エアコンがフル稼働でございます。
もう、1日中エアコンを可動させないと、生きていけない、今日この頃ですよね。
3年前には考えられなかったことでございますね。
なんせ、猛暑日が連日と続いており、今日も東京都内は37℃の予報でございます。
体温以上の気温ですよ。
考えられませんよね。
一体、地球はどうなってしまうのでしょう。
さて、本題へ入ってまいりましょう。
今、日本で話題になっているのが「日本人ファースト」という言葉ですね。
前の参議院選挙で、この言葉をスローガンにして、大躍進した政党がございました。
私は政治に関してどうこう言えるような人間ではないのですが、政治というより現在の日本が大きく変わらなければいけない時にきているのではという思いから、今日のブログを書いてみようと思ったのです。
あくまで私見ですので、軽く読み飛ばしてください。(あまり、深く考えないでくださいね)
まず「日本人ファースト」とは何なんだろう。
その前に「〇〇ファースト」なる言葉が、こんなに使われるようになったのは、いつからなんだろうという疑問が湧いたので調べてみましたよ。
どうも2016年のアメリカ大統領選挙で、トランプさんが、「アメリカファースト」とぶち上げたのが始まりのようです。
(もし、間違っていたらごめんなさい)
アメリカは、多国籍民族国家ですよね。
多くの移民を受け入れている国家です。日本のような単一民族国家ではないですね。
もともとはイギリスからの移民がアメリカに渡り、アメリカインディアンから土地を奪い(これも語弊があるかもしれませんね)国家を作り上げてきた国です。その際、多くの国から移民が流れ込んだり、奴隷としてアフリカから人民を連れて来たりしたのですよね。
その結果、多国籍民族国家となったのですよね。
日本人も、明治後期に士族の二男坊などが、アメリカやブラジルに渡り、辛い苦役に耐えながら生活をして、すこしづつ人権を得て行ったのは、色々な資料で見ることが出来ますよね。
ところが、日本は徳川家康が1600年の関ヶ原の戦いで勝利し、江戸に幕府を開いてから「鎖国制度」を敷き、外国人の入国を受け入れない時期が450年も続き、単一民族国家の基礎を作り上げてしまいました。
その後、明治になって開国され海外文化が流れ込み、外国人が日本に入って来ましたが、すぐに戦争が始まり、外国人が日本で生活できる状況でない時期が昭和20年位まで続きました。
本格的に日本に外国人が入り込んできたのは、昭和24年の終戦以降ではないでしょうか。
つまり、進駐軍が日本に来て日本を接収したのが始まりなんですよ。
という事は、日本国民にとって外国人が日本に入ってくるという事は、あまり良い印象ではないんですね。
戦後の辛い時期、アメリカからやって来た戦勝国アメリカ軍人が東京を接収して、我者顔でジープで走りまわり、敗戦で困窮した日本人を蔑んだように裁いていった歴史背景があるからですよね。
日本はアメリカの影響を受け、昭和30年代に高度な経済成長を遂げたのですが、その時はアメリカの進駐軍は日本から撤収しており、僅かな数の外国人がある特定の場所で生活をしているだけだったので、多くの日本人は外国人と生活を共有することは無かったのですよね。
だから、日本は敗戦国でありながら、日本独特の文化を維持し、言語も日本語が残ったのですよね。
ちょっと話はそれますが、こんな日本に似ている国が、お隣の韓国ですよね。
大きな違いは、日本は世界中の列強に楯突き、戦争に負けた敗戦国だが、韓国は戦争には負けなかったが、国力が無かったためアメリカとソビエトの傀儡になってしまい、国が分断されてしまったこと。
だけど、自国の文化は存続され言葉も残されたことや、アメリカの文化の影響を強く受けたことは同じですよね。
韓国と日本の歴史では、日本の軍国主義が大きな被害を与えたことは事実であり、韓国国民には耐えがたい屈辱となっていることは、偽りのない事実でしょう。
ちょっと、話がそれました。
つまり、つい最近まで日本は単一民族国家だったため、現在のように外国人が我々の生活圏にこんなに浸透することは無かったわけです。
小学校に外国人が一緒に勉強するなんてことは、私が小学生の頃はありませんでした。
だが、現在は地域差こそあるでしょうが、半数は外国人という小学校もあるみたいです。
私の息子が小学校の頃、クラスに外国人がいて、我が家にも遊びに来た事がありました。
私も、仕事でシンガポールとマレーシアに長期滞在していたこともあり、地域に密着して生活をしていたこともありました。
長い間、日本は単一民族国家であったため、文化も単一で日本人の美意識である「思いやり」や「和」と言った精神は当たり前でした。
しかし、戦後、海外からの定住者も増え、特に平成時代になってからの外国人の流入は多くなり、団地に住人の半数が中国やブラジル、東南アジアからの移住者なんてところもあるようです。
そうなると、当然のように文化や習慣の違いから、民族間の軋轢が生じてきます。
日本でも、九州と東北では生活習慣が違いますから、一緒に生活をするとなると習慣の違いから、意見が衝突することがあります。
私が経験した大きな思い出は、高校生の時に青森の方と鹿児島の方が、お互いの方言で話をされて全く通じなく、聞いている私も全く解らなかった事がありました。
これは、お二人がわざと私をからかうために、仕組んだおふざけだったのですが、私はそんなことを知りませんから、二人が何を言っているのか、なんでこんなに激しく議論を方言でしているのかが解らなくて焦ってしまいました。
二人は、そんな私の焦った様子を見て、笑い出してしまい種明かしをしてくれたのですが、これも同じ日本人同士だったからではないでしょうか。
結局は日本人であるというアイデンティティテーが、お互いの理解をサポートしていたのではと思います。
また、話が横道にそれますが、40代の頃に仕事である大手メーカーの営業の方が言っていたことが印象に残っているのですが、幕末に獏軍と新政府が勃発した戦争で、会津戦争がありましたが、その営業の方は会津の方で、いまだに長州(山口県)の方とは心を割って話をすることが出来ないと言っていました。
同じ日本人なんですよ。信じられます。
私は茨城県水戸市の出身ですから、徳川の御膝元、例の水戸黄門一色の地で育ちましたが、長州に対してそんな思いを持ったこともありませんし、徳川さんにもありません。
こう考えると、日本の中にも「〇〇ファースト」は存在するのかも知れませんね。
よくやっているのは、北関東3県の「県の人気度ランキング」での順位争いですね。
茨城と群馬や栃木の観光者数での順位の争い。
「〇〇ファースト」とはちょっと違いますが、でも、考え方は同じのような気もしませんか。
なんか、話が脱線してしまいますね。
日本も高度経済成長の時代は終わり、日本人の平均年齢は高齢化が進み、GDPも世界のトップクラスではなくなり、労働力も日本国民だけの力では存続できなくなっています。
それは世界に共通して言えることではないでしょうか。
ならば、海外からの移住者を受け入れ、労働力の確保が必須であること、生産国の力が無くなってきているのであれば、海外からの観光客を受け入れ、外貨を落としてもらう事も考えなければならないでしょう。
いつまでも、日本人民族だけで生活をすることは出来ないのではないのでしょうか。
世界の民族と共存し、グローバルな考えを受け入れ、どうしても受け入れられない考えについては、しっかりと議論をしてお互いの妥協点を模索していくことが、これからの日本の存続の課題なのではないでしょうか。
「日本人ファースト」なる考えは悪いことではないと思いますが、ちょっとした考え方の違いや、行動により今迄であれば理解しあえた事が、大きな衝突の素になってしまうことはあると思います。
互いの国民性を理解し合い、どうしたら互いが心地よい生活環境を作り上げていくことが出来るかを、一部の人に頼るのではなく我々が一緒になって考えて行かなければいけない時代が到来したのではないでしょうか。
またしても、とっ散らかった文章になってしましました。
どうしたら、うまい文章が書けるようになるのでしょう。
日本人を66年もやっているのに、日本語のスキルが低すぎて困ったものです。
英語に関しては全くですがね。
