再就職を考える

定年退職をして2年が過ぎようとしている。定年を迎えたというより、コロナ禍により継続雇用を打ち切られて、今年の7月末で丸2年になる。

私は退職をして、すぐにアルバイトを探し事始めたのだが、何をすればいいかが明確でなかった。

今まで40年間、同じ業種で働いてきたが定年後は、全く違った仕事をしてみたいと思っていた。というより、現役でやっていた仕事を続けるのが嫌だったのである。

 

定年後の仕事選び

 

Webでは、「定年後の人気の職業」みたいなサイトが沢山ある。

私も参考にさせて頂いた。定年を迎えた方々がどんな仕事を選んでいるのかを知るには、とても参考になった。

そして、Webで募集サイトを確認して、エントリーを重ねた。どうしても、介護職や清掃のお仕事、警備のお仕事の募集が多いので、その方面で職を選ぶことになってしまった。

しかし、どの仕事も体力が必要であった。

特に、清掃のお仕事は拘束時間が長く、体力も使う仕事だった。というのも、清掃の仕事には「定期清掃」と「日常清掃」の2種があり、「日常清掃」は早朝のオフィスや開店前のショップやショッピングモールの清掃を行う仕事で、時間が短いのと女性の採用が中心で、男性でフルタイムの雇用は少ない。

「定期清掃」は、休日や夜間の清掃作業で専用の道具を使い、1日に数件の現場を移動しながら作業をする。

早朝から、夕方と言っても作業が終了するのは19時以降が当たり前で、給与支払いも日給制度が多く、時間単価は最低賃金レベルになる。

このような知識がなく金額だけで選んでしまうと、結局長続きしないので、また職を探すことになる。

私は、つなぎで「定期清掃」の仕事を2ヵ月だけした。

結局、体を壊してしまい、退職をすることになったのである。

 

体験することに無駄はない

 

しかし、この「定期清掃」の仕事の経験は、とても役に立ったのである。

なぜなら、現在働いている職は「障害者就労支援事業所」であるが、この仕事は軽度障害者が一般就労を目指すための就労支援を行う施設で、利用者と呼ばれる障害者に清掃作業をさせて、一般就労を目指すことが出来るように支援する仕事なのである。

清掃場所は、マンションの共有部分や、特別養護老人ホームや精神病院である。

すべて、日常清掃なのだが、清掃の基本は定期清掃の会社で指導を受けているので、ダスターとかモップの使い方は会得していたため、指導ができるという事で採用されたのである。

さらに、定期清掃で精神病院の清掃をやっていたので、精神病院がどんな環境かも知っていたので、仕事で訪れても違和感は無かった。

短時間でも経験をしていれば、対応ができるので、例え短い時間でも経験することはとても大切だという事が認識できた。

なので、たとえ、1か月で辞めてもその経験を活かせればいいのではないだろうか。

全く、経験したことがない職に入職して、すぐに馴染めることが奇跡で、馴染めないことのほうが当たり前だと思える。

 

問題は人間関係

 

一番大事なのは、人間関係である。

仕事は覚えれば出来るようになる。しかし、人間関係はそうはいかない。

入職時は、何も解らないから仕事を覚えることに集中して一生懸命であるし、採用側のスタッフもこちらの対応を静観しているので、そんなトラブルは起こらない。

しかし、半年位経つと、職場内の人間関係が見えるようになり、どの人がどんな性格かも解ってくる。

この時点で、上手に振る舞わないと痛い目にあう。現役の頃は、年齢も上で役職の上の人間との関係が強かったので、感じることが無くなっていた個人間の関係が露骨に見えることがある。特に少人数で運営していて、女性が多い職場は要注意である。

誰が権力を持っているか、誰と誰が結託しているかを見極めないと、自分の身の置き場所がなくなる。

私は、営業所レベルでも50人規模の会社に所属しており、会社全体の人数は1,000人程度の会社だったし、営業職という職業柄か個人主義の環境で仕事をしてきたので、この職場内の権力争いには辟易としている。

特に福祉施設は、良く解らない常識があり全ての権力を「サビ管」という管理者が握っている。

他の事業所は解らないが、この「サビ管」が利用者や指導者のシフトを決めたり、利用者からの報告をまとめたりするのだが、とにかく、偏見が強く歪んだ性格をしている。

よって、指導者も利用者も「サビ管」の機嫌を損ねてはいけないと、距離をおくようになっている。

小さい会社がとは言わないが、人間関係は重要なポイントである。

 

嫌われてしまった私

 

私は、入職時は一生懸命に仕事を覚えようとしていたし、清掃作業も経験があったので重宝されていたが、段々と煙たがれるようになってきていることを感じている。

私の思っている支援と他のスタッフの考えている指導に違いが出てきてしまったからである。

最初はほんのわずかな意見の相違だったので、私が他のスタッフに併せていたのだが、ある日突然、あるスタッフが怒りだし、ものすごい怒りをぶつけられた。そのぶつけ方が、社内のグループラインに、私には解らない事で怒りを感じたと綴られ、侮辱を受けたと書かれていた。

そのラインを読んだ殆どのスタッフが、私に対し不信感を持つようになり、対応が塩対応に変化した。社長は私に対し、弁明の機会も与えず、頭ごなしに謝ることを命じてきた。

私は、納得がいかなかったが社長命令であれば、納得できなくても従うしかないので、翌日に謝罪をした。

しかし、私はその日からスタッフ全員に対し、距離を取るようになってしまった。

この行為は当然だと思う。何が悪くて怒りをぶつけてきたのかが解らく、ラインの内容は全くのでっち上げで、私自身に身に覚えがない事であった。

つまり、自分の方が長く業界にいるのだから、私を敬え、ないがしろにするなと言いたかったのだろうと思う。

文章の内容も、そんな感じを醸し出す内容で、私が独断で処理をしたことに対する不満がぶつけられていた。

私としては、少しでも関わりがあるのであれば、報告をして指示を仰ぐことはしたと思うが、全く関わりがなく、また報告をするような事でもなかったので、処理をしてしまったのである。

現職でいた業界なら、普通な事であった。

しかし、業界が違うと全く対応が異なることを思い知らされた。それどころか、それ以来どんな小さなことも報告をしないと攻められるし、素直に解釈してもらえなくなってしまった。

その後の指示に対しても、悪意のある対応が目立つようになり、中立な立場を取っている指導者から、フォローを頂くことが増えてきた。

 

ネガティブ思考が原因か

 

私は、その件以来、一生懸命に仕事をすることを止めてしまった。つまり、金銭目的で出社して作業をこなすようになってしまった。

利用者との関係は悪くなったわけではないので、楽しく仕事をしているが、スタッフとの関係は完全に冷めてしまった。

というより、変なお友達ごっこを止めてしまったのである。

それも、また気に入ら無いようで、つまらない攻撃を仕掛けてくる。

なぜ、お友達ごっこをしなければならないのか、ドライに仕事だけで評価されないのかが不思議である。

社長も、私の考えには否定的である。小さい会社で福祉事業所という特別な環境だから、仲良く協力しあって行こうという考えは解らなくはないが、誰かに併せて滅私奉公は違うのではないかと思える。

このように、文化や習慣の違いが自分のポリシーに合わないと、仕事を続けるのは厳しくなるし、精神衛生上良くない。

どうしても、続けたいなら関わりを最小限にして、ドラスティックに仕事だけをこなし、プライベートには一切関与しないと決めていかないとやりきれなくなる。

 

経験は大事である

 

私はこの経験を踏まえて、人間の感情を学ぼうと思ったのである。

「怒り」や「悲しみ」、「嫉妬」などの感情はどうして生まれてくるのだろうか。

それを知れば、今回のような思いをすることも減るのではないかと思ったのである。

それと、働くという事の目的が経済活動で生活に密着しただけでなく、自分の人生の「学び」という事にも活かせるようにしたいと思ったのもある。

定年退職後の労働は、ある意味、自己啓発も含まれるのではないかと思っている。

がむしゃらに働いて稼ぐという姿勢は、終わりにして社会と繋がりながら、労働を通して自己啓発を行い、有意義な老後を楽しもうと考えたのである。

そう考えると、今の職場を退いて新たな職場を探し、新しい経験を積むという選択肢もあるなと思っている。とともに急いで職を変える必要はなく、自分がやりたいと思った職が見つかるまでは今の職場で働き、自分が蒔いた種をしっかりと刈り取ることもやってみたいと思っている。

つまり、人生の修練場として働いてみようかとも思っている。

どんな結果がでるかも楽しみである。