新年度を迎えて

お早うございます。

 

今日は4月9日の日曜日です。

時間は午前3時35分。

気温は手元の温度計では18℃です。

 

桜はだいぶ散ってしまい、葉桜になっている木もありますね。

4月から新しい生活を始めた方も沢山いらっしゃるでしょうね。

私も4月から、新たな趣味を始めることにしました。

以前も書きましたが、私は3年ほど前まで地域のボランティア劇団に参加していました。

残念ながらコロナ禍の影響で、生活スタイルが大きく変化してしまい、やむなく退団することにしたのですが、今月から復帰をすることにしたのです。

昨日の土曜日に劇団の稽古があったので、暫くぶりに稽古に参加しました。

先月、1度だけ稽古に参加はしていたのですが、公演の前日だったので私は翌日に演じる芝居の通し稽古を見ているだけでした。

つまり、お客さんだったのです。

昨日は、久々に発声練習から柔軟体操と、稽古前の準備から参加し、新たな演目の本読みにも参加しました。

劇団の方々とは、3年のブランクは感じない程、すんなりと打ち解けることが出来るのは、退団前3年以上、一緒に稽古をしてきたからだと思いました。

 

劇団の活動は月2回、第2と第4土曜日なのですが、この時間はかなり濃密な時間です。

特に、昨日のように新しい演目を始める時は、台本の読み合わせをやります。

「本読み」と言われる練習です。

昨日の時点では、誰がどの役を演じるかは決まりません。

演出が用意した台本を、演出が指定した役の台詞を読み合わせる練習をするのです。

 

これが結構、大変でしてね。

まず、演出が次に演じる演目の台本を全員に配布をします。

渡された台本を、各自が15分位の間に目を通します。

どんな登場人物がいて、どんな展開なのかを把握するのです。

そのあと、演出が誰がどの役を読むかを指定されます。

この時点では、配役は決定しません。演出は、候補となる演者に読ませるので、同じ役を複数の演者に読ませます。

当然、台詞を覚えていないので、演者は台本を見ながら台詞を言うのですが、最初の1回は自分の理解で台詞を読みます。

この時点では演出は何も言いません。

演出は、誰にどの役をやらせるかをあらかじめ決めてはいるのですが、最初から決定するのではなく、何人か(例えば主役の候補を2人くらい考えている)に読ませるのです。

2回目を読み始めると、演出の駄目出しが始まります。

これが結構、厳しいのです。

まず、その役柄を考え、台詞を言っているシチュエーションとか、相手役との駆け引きなどを考えながら台詞を言わないと、演出から手厳しい駄目出しがでます。

台詞の言い方、スピード、台詞と台詞の間の取り方等、それはそれは細かいところまで駄目出しを浴びることになります。

また、言葉のイントネーションも注意を受けます。

昨日の練習で、私は名前の「タケ」と植物の「竹」のイントネーションを注意されました。

不断は無意識に話しているため、イントネーションを意識しませんし、しゃべっている脈絡で、なんとなく理解しているため、イントネーションなんて意識しません。

しかし、芝居の練習ではこんな事も手厳しく注意を受けます。

何度かやり直しをさせられたのですが、どうにも修正が出来ませんでした。

演出も諦めたようで、次の台詞へと進められてしまいました。

名前の「タケ」は「タ」にアクセントをつけるので問題なく発音できましたが、「竹」は「たけ」と平坦に発音しなければいけないのに、どうしても「た」に力が入ってしまったようです。

自分で意識している訳ではないので、意識をすればするほど、「た」にアクセントがついてしまい、結果できませんでした。

 

昨日の本読みで、私は主役の台詞を読んだのですが、この主役は前半では、表向きは善良な人間だが、実は内面は悪い人間としての演技をしなければいけないのですが、これができません。

と言うのも、台詞の言い回しの中で、言葉は善人なのですが、腹の中は悪人という言い方をしなければならないのです。

これが出来なかったのです。

冗談で「私は根が善人なので」と言ったら、演出が、「嘘つけ」と突っ込んできました。

まっ、こんな冗談も言いながら、本読みが続けられるのですが、1回読み終わるのに数時間を要するしその間は全員が真剣なので、読み終わると全員がすごく疲れた顔をします。

演出も真剣に駄目出しをしているので、かなり疲労が貯まると思います。

気の弱い人や、うまく気持ちを切り替えることが出来ないと、演出の駄目出しでめげてしまうので、演劇をやる人は気持ちの切り替えが出来ないと厳しいかもしれません。

 

このように、稽古の間は演出の駄目出しと自分の演技の出来を常に考えて行動をするので、出来ない時の落ち込みと出来た時の喜びで気分がジェットコースターのように浮き沈みを繰り返します。

人によっては、個人差がありますけどね。

私は、その場では落ち込んだり喜んだりするのですが、稽古が終わると役に必要な駄目出しは覚えていますが、他は忘れてしまいます。

そう思わないと演出が嫌いになってしまうし、他の演者とうまく接することが出来なくなってしまうからです。

 

昨日も、こんなに厳しいなら来なければよかったなとも思ったのですが、稽古が終わって自宅に戻ってから、台本を見て「次は、この台詞はこんな感じで言ってみよう」なんて考えていました。

この魅力は、演劇をやった方なら理解できるでしょうが、自分でない他人を演じる楽しさだと思います。

役をやっている自分は、いつもの自分ではない自分、つまり他人に成りすましているのです。

全く、自分とは違う自分に成りきる楽しさを感じているのだという事だと思います。

 

如何に自然に、与えられた役に成りきれるかが役者の醍醐味ではないでしょうか。

 

新年度から演劇という趣味を再開して、今年度も充実した日々を過ごせるように頑張っていこうと思っております。

 

猫を描いてみました。表情が面白く、描いていて、とても楽しかったです。